「会ってもいいと言っている」は説得になるか?

付き添い支援で、関東の家裁支部に行った。
調停委員は、相手方は子どもは会わせたいと言っている、
子どもにも説得しているが、子どもが会いたくないと言っている、
というよくあるパターンだった。

今回、子どもとの交流を求める父親はどういう説得をしているのかを
説明してほしいと調停委員に求めた。
そうすると、母親は「会ってもいいと言っている」と答えたそうだ。

普通、離れて暮らす親に対して子どもに会うように言う場合、
こんな説得の仕方はあるだろうか。
これでは、会わないのが普通で、会うのは特別なこと、
と子どもに教えているようなものだ。
こういう中で、特別なことを子どもに期待するということ自体が、
相当に子どもいじめで父親いじめだと思うのだけれど、
調停委員も裁判官も、こういういやがらせをやめさせようとはしない。
ばかばかしいことに、調停委員も裁判官も
別居親を親扱いしていないということ自体に気づいていない。

「あなたのお父さんなんだから会わなきゃだめ」
と言えば、子どもはどんなに安心することか。
それが言えないことが問題だけど、
そういう状況ができているのに、改善しない裁判所は、
基本的に仕事をする気がない。
子どものために面会交流を斡旋することは民法766条改正の趣旨なのに。

父親は、裁判所にこのやりとりをどう思うか見解を聞いたそうだ。
裁判所は答えなかった。
子どもが「パパに会いたい」という環境をどう作るかが
裁判所の仕事なわけだから、仕事をしなかったということを
記録に残してほしいと父親は求めたら、裁判官は拒否した。
それはやっぱり記録には残せないよねえ。
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