調停・審判でつきそい支援は有効か?

今日まで3日間、調停・審判の付き添いで立川・松本・松戸の各家裁を梯子した。
別居親の交流会や相談には、家裁に行ったけど、
ちっとも話を聞いてもらえなかった、という話をよく聞く。
弁護士をつけるべきなんでしょうか、という相談も受ける。

何度か家裁についていく、ということを支援として取り組んだことがあるが、
今回はたまたま3日間続けての家裁通いになった。
それで、肩書もなにもないぼくなんかが家裁についていって、
効果があるのかといえば、どうやら答えはYesのようだ。

まず、家裁の調停委員や裁判官は、別居親団体の存在を知っていて、かなり意識している。
調停は基本的にパワーゲームで、落としやすいほうを落として
単に「合意」の形式を整えて、一丁上がりにするのが目的なので、
その内容が子どもの福祉かどうかなど、どうでもいい。
だから、それを知らないで家裁に行けば子どもと会えると思って調停室に行くと、
揚げ足をとられたり、相手の無理難題をそのまま聞かせたり、ということにもなる。
要するになめられているのだ。

弁護士をつければたしかになめられることはない。
でも弁護士は家裁の相場を知ってもいるし、
同居親側の弁護もするので、もっと共同養育を進めようと思っても、
たしなめられたりして、自分の弁護士に足を引っ張られることもある。

その点、別居親支援の関係者は、何かあれば家裁に注文を付けるのはためらわないし、
その注文の付け方も知っているし、何より、たとえ待合室までとはいえ、
いいかげんなことをすればすぐにそれが伝わり、下手をすればその事実を
名前とともに公開されるおそれもあるので、その緊張感はそれなりにあるだろう。
この点、ある程度業界の常識が通用する弁護士よりも、裁判所側は構える。

それに、何か調停の席で理不尽なことを言われたときは、
すぐに待合室で対策会議が開けるし、何をそこで言うべきかも
ある程度経験に基づいて見当がつく。
特に、調停で話が通じないとくじけてしまうものだが、
一人じゃないと思えるというのと、実際にくじけそうになっても、
励ましてくれて具体的な対応をその場でとれるということの利点は大きいと思う。

もちろん、共同養育自体は子どもにとっても利益なので、
何も同居親に勝つのが目的ではない。
特に、子どものことはちっとも気にしない父親が多いから
裁判所側も月に1回程度で何で不満なんだと思っているところ、
支援者がいれば、子どもの養育にかかわりたいという本気度は伝わる。

3件とも、同居親の側は会わせないとは言っていないものの、
子どもが会いたくないという点で見事に共通してそれが最近の傾向だ。
面会が月1回程度かそれ以下に減らされそうなパターンだった。
相手方に弁護士がついていて、強制執行がかからない合意内容に
されそうな方もいて、こういうのは、判例の知識があるかないかの違いで、
後はどうそれを裁判所に説得力を持って提示するか、という問題になる。

3件とも、まとまらなさそうなやり取りがなんとか交流の実現に向けて
動き出したし、月1回2時間になりそうなものが、隔週の交流での
仮合意での実施に動いたものもあった。
その意味では、つきそいの効果はてき面と言える。

それもそのはずで、調停員会が収拾がつけられなくなりそうなものの
見通しをこっちがお膳立てしてあげているだけなわけだから、
裁判所側にとっても実は共同養育を理解した支援者の存在は本当はメリットなのだ。
当事者が資料として提出した『子どもに会いたい親のためのハンドブック』
を職員が読んでいて話を聞いてくれるようになった、ということもあった。
もちろん裁判所でのやりとりが実際に実施に移されるかどうかについても
いっしょに考えることができる。

何より、支援者を求めるということは、それはそれで努力の成果だ。
普通はそこにすらたどり着かずにくじけるか、諦めてしまう。
そういう意味ではやはり当事者の力は大きい。
日本の調停は支援者が調停室に入れず、それは実は裁判所にとっては
とても損をしているという事実を裁判所は早く気づいたほうがいい。
裁判所.jpg

この記事へのコメント