福岡での母親による子殺し
先日、福岡県で母親による子殺しが事件になった。22歳の母親が、生後4カ月の娘の胸を踏みつけ、心臓破裂で殺害したという。
この数カ月、別居親が子どもと会ったときの子殺し事件を取り上げ、いかに別居親が危険な連中かというヘイトが量産されてきた。しかし実際のところ、厚生労働省の統計(児童虐待対策の現状と今後の方向性)によれば、2012年度の児童虐待の加害者は、実父の29%に対して、実母は57.3%を占める。翌2013年度の虐待死は63件69人で、加害者の内訳は「心中」以外では実母が16人で44%、実父が8人で22.2%。「心中」では実母が18人で54.5%、実父が9人で27.3%となっている。
虐待と子殺しの加害者は専ら実母だ。しかし最近の統計の解説などを見ると、母親も子育てに悩んでいる、夫からDVを受けている場合もある、などの夫婦間の問題が母親の孤立化を招き、虐待につながると指摘されていたりする。実際に、冒頭で子どもを殺した母親は、「育児や家事のことで夫とけんかになり、イライラしてやった」と警察に話していたそうだ。
虐待の加害者は女、それとも男?
前回も指摘したように、子育てで子どもといっしょにいる時間が長いと、虐待の加害者となる頻度も高くなるだろう。しかしグラフを作って相関関係を示して、母親の育児時間の割合に比べて、父親の加害者の割合が高いことの傍証としようとする解説もネットで見られる(「だいたい分かる 日本の子ども虐待」)。特に2012年から警察が面前DVを児童虐待として通報するように徹底しているので、父親の加害者の割合が急増しているというのだ。こうなると男がやっぱり悪い。「極端な話」男がほかに女を作って家庭を顧みず、離婚して養育費ももらえず、トリプルワークで……とかいう話になる。ぼくはだいたいこの辺でついていけなくなる。
子育てに関する不平感が虐待の原因なら、離婚した後に男性の育児負担を課す方向で、当人たちの不仲はさておいても、なんとか実現するという話につながるはずだ。ところが、男はむしろ、冷めきった夫婦関係でも家庭を維持しなかったことを非難される。その上、児童虐待を防ごうとする同じ人が、結局女性の育児負担を一層高めるだけの片親引き離しも擁護しようとすればわけがわからなくなる。それが「家庭を顧みず」との結果だとすると、「離婚は権利じゃなかったわけ?」と思ってしまう。父親の育児参加より養育費の未払いが問題なのか。要するに甲斐性のない男を非難したいだけ。で虐待はどこにいった?
憲法学者の木村草太はNHKのラジオで、「親子断絶防止法」を批判して、とにかく母子の安定が大事と、子どもに会えない父親が権利を主張すること自体を批判していた。しかし彼が危険な男から「女子ども」を守るべきだと熱弁をふるうのも、結局家制度に従属している限りだ。流行りの護憲派憲法学者の女性観なんて1947年から進んでいない。
ちなみに先の統計を見ると、実父もそれなりに「心中」で子どもを殺している。要するに父子心中は話題にならなかっただけだ。そして男性もまた、「家族のためなら」と会社で様々な理不尽を耐え忍んでいる人もいる。最近はイクメンが社会的な評価の基準だ。それをダブルワーク、トリプルワークと呼んではいけないのだろうか。シャドウワークは問題になるのにね。
被害を訴えられない男たち
虐待は危険な男に原因があるのだろうか。
内閣府の2014年の調査によると、結婚相手からの暴力(DV被害)を受けた経験のある女性は23.7%、男性は16.6%で男の暴力被害の割合も女性に比べてさほど低いわけではない。しかし女性が受ける暴行、傷害の割合はそれぞれ95%前後で例年推移している。それをもって内閣府は女性が圧倒的にDVの被害者だとサイトに掲示してある。でもそれは警察の営業成績に過ぎない。そもそも男は「男らしくないので」被害を訴えたがらない。相談するところもない。男性と女性が暴力被害を受ける割合の差は7%だが、虐待の加害者の割合は実母が実父の倍近い。
ぼくの友人の一人は、子どもと会えなくなって「子どものことで相談したいんですけど」と大阪の男女共同参画センターの「ドーンセンター」に電話したら、「加害者からの電話は受け付けません」と言われてびっくりしたと話してくれた。内閣府の調査でも、被害女性の44.9%に対し、被害男性の75.4%が誰にも相談していないと答えている。その中で配偶者による殺人の割合は、だいたい男6対女4で推移していて、女もそれなりの割合で夫を殺している。
ちなみに、大阪府の高校生グループが府内の約1000人の中高生に「デートDV」に関する調査をしたところ、男子生徒の3割以上が「(彼女から)暴言や暴力を受けて傷ついた」経験があり、女子生徒が「(彼から)暴力を受けた」割合は12%で、男子の半分以下。交際相手に「暴言が嫌と言えない」割合も、男子(30%)が女子(22%)を上回っている(毎日新聞)。DVに伴う面前虐待によって父親による虐待の割合が高まったとしても、相談格差の是正によって、女性による虐待の割合が今後高まることも考えられる。
子連れ高跳びの防止条約である、ハーグ条約が議論されたとき、共同養育のアメリカで、異国で孤立した母親が支援もないまま生活するのは困難、と主張する日本のフェミニストの中には、「子どもを連れて家を出るのは女性の権利」とか本気で主張する人がいた。いや「誘拐は犯罪で権利じゃないでしょ」と突っ込んだ。女性の権利とかいうぐらいだったら、その人のために海外に行って共同養育の支援をしろよ。
「男は仕事、女は家庭」という価値感の格差が、離婚の原因になっていることは男の相談を聞いているだけでもよくわかる。だから「男は働かないで子育てできる世の中にしようよ」と集会で呼びかけてみた。え、それじゃ離婚が増えるって。
(宗像 充「府中萬歩記」第41号に掲載)
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