子どもが連れ去られて慌てて警察に妻子の捜索願を出しに行くと、受理してもらえないことがあります。DVや虐待(あるいはストーカー)の被害者に対する支援措置が出されているのです。その状況で市役所や町村役場に行って住民票を閲覧しようとすると、制限がかかっていることがあります(住民票を移動させていない場合にはいずれにしてもどこに行ったかわかりません)。子どもの住所の履歴は戸籍の附表を取り寄せてもたどれますが、やはり開示されません。そうなると、子どもと会ったり、妻と話し合ったりしたいと思っても、できないどころかそのための調停などの裁判手続きすら申し立てられません。
こういった措置は、配偶者暴力防止相談支援センターの相談員や、弁護士の支援を受けて、一定の準備のもとになされるのが普通です。通常その後は離婚の申し立てがなされるのがマニュアルですから、妻の側の弁護士から何らかの連絡や、家庭裁判所から離婚や婚姻費用の調停が申し立てられたという通知がやがて来ることになります。通常この時点で親権・監護権は妻に行く流れができていますし、引き離しの期間が長期化するので、子どもとの交流はよくて月に一回二時間程度に落としこまれてしまいます。また相手方に弁護士がいれば、相手方弁護士事務所を介してこちらからも裁判手続きを進められます。
しかし、妻の側が当面何もしないで監護実績を重ねることを選べば、裁判の手続きによって父子関係を悪化させないための手立てを封じられます(長期的に見れば父子を引き離した母と子との関係も悪化します)。また、ただただ支援措置だけが延長され、その時点で支援者の手を離れてしまえば、そのまま住所秘匿が長期化し、夫の側は話し合いどころから離婚すらできなくなります。これは、裁判の手続きには申し立てる側が、相手方の住所を申し立て書に記載しなければならないところ、それができなくなり裁判所からの送達ができなくなるからです。
このような状態を解消するために、住所非開示措置に対して、行政不服審査法に基づく審査請求や住民基本台帳法に規定された異議申し立ての手続きを取ることができますが、異議申し立てが認められた事例をいまだ一例も聞いたことがありません。住所非開示措置は、区市町村の首長の権限でなされるという建前のため、仮に解除して被害者側の権利が損なわれれば、首長の責任問題となるからです。また、措置を不服として裁判をした人もいますが、勝った事例を聞いたことがありません。いずれはこのような裁判を受ける権利を侵害する措置の、違憲・違法性が裁判所でも認定される可能性はありますが、もちろんその間に時だけが経ち親子関係は損なわれます。
このような場合、子どもや家族との関係を取り返すために、次のことが実際に可能です。
まず、役所の担当者にどのような法手続きのもと措置がなされたのかを冷静に聞きただして下さい。その際、自分は加害者ではないと感情的になると、措置に不満があるとみなされ、可能性のない異議の手続きを紹介されるだけです。そうではなく、暴力や虐待の事実が仮にあったかもしれないが、何がそれにあたるのか知らないと措置が適切であったかどうかも判断がつかない、と暴力防止の意図を明示する必要があります。役所側は、支援措置に基づくものであることを説明すると同時に、その措置が警察や配偶者暴力防止相談支援センターへの相談履歴に基づいて発動されることを説明します。
こういった措置は総務省の通知に基づき、自治体の権限でなすものですが、役所側に手続きを確認させることで、自分に対して支援措置が取られたのは、客観的な基準に基づいてのものではなく、他方の権利を考慮しない一方的な手続きによるものであり、DVの事実が実際にあったと役所が認定したわけではないことを、行政に認めさせることができます(本来であればこういった手続きの瑕疵は総務省の通知にも問題があるので、役所から総務省にその妥当性を問い合わせさせたほうがよいことです。事例が積み重ねれば運用自体の妥当性が問われます)。勤務中の公務員は録音・録画を拒めません。やり取りは記録して下さい。後に裁判になったときに、実際に暴力の危険性が高い事件として裁判所が取り扱うのが困難になります。
また、家族の住所の秘匿に対し、役所が一方的な申立で措置を継続している中、調停などの裁判手続きを申し立てることができなくなっていることを告げてください。そして、現在の措置のもと、住所を秘匿された側に住所を教えるのは無理でも、実際に申し立てれば裁判所になら住所を教えることが可能か確認してください。裁判所が役所から住所を知らされれば、住所を知った裁判所からの送達が可能になるはずです。
一方、家庭裁判所に赴き、円満や同居、面会交流について話し合うために調停を申し立てる旨を述べ、できれば実際に相手方の住所の部分以外は記載した申立書を持参するとよいでしょう。東京家裁のような大きな家裁では家事手続き案内で申立書の記載方法を教えて受理してくれますが、そこでは、住所は自分で探すように促され、不明な場合は実家や電話番号がわかればそれを記載して申し立てるように教えられます。しかし、窓口の職員も説明する通り、それで実際に相手方に送達される保証はないので、それで申し立てが可能になるとは限りません。
区市町村の役所では支援措置が出されて、その措置は実際の暴力があったことを示すものではないということを、役所に赴いて確認していることを述べ、申し立てたい事件の種類を述べ、個別の事件の相談として手続き案内とは別の事件担当の職員と話がしたいと述べて下さい。そして特定の申立に関して区市町村の役所から住所情報の提供を裁判所が受けて送達することが可能であることを確認してください。住民基本台帳法の一二条の二では、国または地方公共団体から請求があれば、住民基本台帳法の記載事項について交付することができます。裁判所も国の一機関ですから、この条文を示し、裁判所から請求してもらうように依頼してください。
そして再び区市町村の役所に赴き、家庭裁判所からの請求と送達の手続きについて確認してください。このようなやり取りは、裁判所の説明によれば、家庭裁判所が後見的機能も持っているので、裁判官の判断を受けることで可能となるそうです。つまり、どのような判断をするかは個別の裁判官次第ということです。このような手続きは一般にはあまり知られていませんが、支援措置による住所非開示措置の審査が形式的なものである以上、裁判を受ける権利を保障するためにはもっと活用されていいはずのものですし、裁判官の考え方一つで裁判所からの請求ができたりできなかったりするべきものではないはずです。
実際に裁判を受ける権利を法の運用によって侵害しているのは区市町村ですが、そうするように指導したのは総務省であり、またそういった法の不備を知ったうえで、送達保証について消極的な態度をとり続ける家庭裁判所にも問題があります。こういった役所の官僚主義と無責任体質は、世論の盛り上がりと法による規制によってしか脱却できないのかもしれませんが、窓口で一つ一つ法的な根拠と手続きの妥当性について問い質していくことが、いずれは全体状況の打破につながりますし、自身のケースにおいても、仮に家庭裁判所の手続きを経る場合には、これ以上状況が悪化しないための布石になります。
区市町村の担当者は、当初は家族の住所の問い合わせに対して満足な説明をせず、諦めるように促します。役所は非開示とする理由も言わないのが普通ですが、東京都の『配偶者暴力被害者支援ハンドブック』では、「加害者の追及には、情報の有無を感じさせる回答ではなく、『被害者の件については、一切答えられない』と回答し、更なる追及の危険を回避する必要があります。」と明記されています。支援者の安全を確保するためというのが理由です。公務員の説明責任を無視した指導であるとともに、暴力防止につながらないことは明らかですし、裁判手続きができたからといって、自身の子どもの住所が不明で冷静になれない状況が続くのに変わりはありません。
一方、パートナーが住民票を移していない場合は、住民票のある現住所(つまりあなたの自宅)にパートナー名義の郵便を出すことができます。通常「避難」を名目に住所を秘匿していた場合でも、郵便局に転居届は出しているものです。
探偵を使って住所を探ることもできますが、確実に居場所がわかるとは限りませんし、シェルターなどの保護施設にいる場合には教えてくれない事務所もあります。また探偵によらなくとも、偶然居場所がわかる場合もままあります。居場所がわかることで大きな安心感は得られますが、いずれにせよ支援の対象になっている家族に、「加害者」とされた側がアプローチすることは、アプローチする側のその後の行動を制約することにもつながります。そういった場合の対応については、当相談室に問い合わせください。
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