共同親権を実現するために共同養育支援法は必要か?

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 知り合いからそう聞かれた。なんでも立法活動を行っているある団体で共同親権という言葉を民法に記載すべきだと発言したら、共同養育支援法の附則第3条に「共同親権の検討」が明記されている。立法府がまず、理念と国民への周知、専門家の育成と体制整備。共同親権の民法改定と関連法整備はそれからというシナリオを作ったのだから、共同親権を実現するには共同養育支援法を通すしかない。そう共同養育支援法を推進してきた人に答えられ、だれもそれに疑問を挟まないものだからおかしいと思ってぼくに聞いてきた、ということのようだ。

 たしかに変だ。

 そもそも共同養育支援法は議員立法を目指す法案で、要するに現段階では私案、つまり個人の願望にすぎない。できてもいない法案を「立法府のシナリオ」と呼ぶとしたら、議会制民主主義は成り立たない。

 むしろ立法府の意思は、2011年に面会交流が明文化された民法766条改正時にすでに示されている。そこには「五 離婚後の面会交流及び養育費の支払い等については、児童の権利利益を擁護する観点から、離婚の際に取決めが行われるよう、明文化された趣旨の周知に努めること。また、その継続的な履行を確保するため、面会交流の場の確保、仲介支援団体等の関係者に対する支援、履行状況に関する統計・調査研究の実施など、必要な措置を講ずること。 六 親権制度については、今日の家族を取り巻く状況、本法施行後の状況等を踏まえ、協議離婚制度の在り方、親権の一部制限制度の創設や懲戒権の在り方、離婚後の共同親権・共同監護の可能性を含め、その在り方全般について検討すること。」と、共同養育支援法の附則のひな型がすでにある。というか、この付帯決議をそのまま附則にしたにすぎない。そもそも二度手間だ。

ところで、一部の議員の私案である法案と、国会の決議である付帯決議とどっちが拘束力があるかと言えば、付帯決議に決まっている。

 ぼくはそのやり取りを聞いて、聞く方も答えるほうも、本気で立法活動をしているとは思えなかった。

共同養育支援法が、ただの議員のアリバイ作りだというのは、民法と766条改正時のやり取りを見ればすぐわかるし、共同養育支援法案が同居親の面会交流拒否権を強化するものであることは、裁判所の実態や役所の窓口の経験を知っていれば気づく。そんなことも知らなくて何が立法活動だと思う。それは議員や官僚に完全になめらるわけだ。もしそうじゃなくてまじめに答えているとしたら、政治的には素人で、意図してやっているとしたら、共同親権反対派のスパイだろう。

 ちなみに民法には共同親権という言葉はもちろんあり、それが未婚離婚時に単独親権になっているので、実際にはその削除を求めるということになる。もとより質問した人も何のために立法活動をしているのか、よくわかってない。

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